わたし ◯◯じゃないことがわかりました!

写真はあの天才かつ神童モーツァルトさま。

3歳のときにはチェンバロを弾き始め

5歳で作曲を始める。


モーツァルトのお父さんは、大学で哲学、歴史を学ぶために進学。

しかし、途中から音楽家へ転身。

モーツァルトの才能に気付き、音楽的英才教育を与えるんですね。


幼い頃からよりよい就職のため、世にでるために

ウィーンには何度も足を運び、

そのほか、パリ、ロンドン、イタリアなどにも出向く。


ここで考えてみる。

この時点では、いくら才能があるといっても

海のものとも山のものともわからない幼子である。

6歳頃の話。

モーツァルトの才能が諸外国ですぐ認められたかというと

残念ながらそうでもない。


こんな小さな子が馬車に揺られ

外国を演奏して廻る。

どう考えても簡単なことではない。


モーツァルトの作曲と言われる曲の中にも

お父さんの作曲ではないかと言われるものもある。

何が何でも世に出したい一心だったのでしょう。。



遊びたい時期に練習に次ぐ練習、レッスン、語学の勉強。

天才だからとアグラをかいて天才である人はいないということを

教えてくれますね。


このとき、世界中の6歳前後の子供で

ここまで音楽に心血注いでいた人はいないのでは・・


天才なみの才能があっても

壁がはだかったとき、ハンディがあるとき

諦めてしまったらそこまで。

また、才能に甘えていると才能に潰される。

神童と言われた人すべてが神童のままでもない。


もちろん努力すればすべて報われるとも思わない。

運があるのも事実。

これは例えば優秀な大学を出たから

その後、その人たちすべてが必ずしも順風ともいえませんよね?


だけど、才能はほんのわずかで

多くは継続力、忍耐、勇気、決断力、魅力、謙虚さ、覚悟・・・

そんな一つ一つを大切に養った人が

ほんのわずかな才能を輝かすことができるのではないかと。


レッスン時、小学生のレッスン生が

「わたし、才能がないことがわかりました。

 練習しないといけない」と笑いながら。

これにはお母さんも私も笑ってしまった。

(これまで少々楽しようとしてたよね^^)


そうだね、才能という原石を持っているけど

まだまだ才能はダイアモンドにはなってないよね。


才能=楽して上達できる ではない。

もちろん人が1年かかることを短期間で

才能を持っていると言われる人はクリアすることもある。

けれど

世の人の言う才能があればあるほど

その人たちに出される課題、難題は

我々庶民が想像する以上に過酷なことではないかな。


気づいてくれて嬉しいなあ。


新年度早々、大きな成長、おめでとう!!

大きな脱皮だね♪







こだま美由希ピアノ教室・広島市中区

広島市中区にてピアノ教室主宰。ドイツ国立デトモルト音楽大学卒業、ドイツ留学中、ドイツ・イタリアにて演奏活動、広島交響楽団と共演等。音色から情熱と愛を紡ぎだすピアニスト&指導者。 英才教育の一環として子供にピアノや絶対音感を活かせるジュニアクラスや初心者の大人でも基礎から楽しく学び、趣味としてピアノ演奏を学び人生が彩豊かになる道をレクチャーしています。テクニック・こころ・思考力の3つの法則が柱。

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